■9月の裁判を傍聴して◆生まれて初めて裁判に参加しました。しかも全く身近でない「慰安婦問題」!!
ドキドキしながら、どんなものか見ていました。もっと厳粛で緊張感が張り詰める感じを予想していたのですが、裁判官の表情が如実に「早く終わんねぇかなぁ〜」と思っているようにさえ見受けられ、想像していたものと異なっていたので少しショックでした。
「慰安婦問題」なんて全然知らなくても自分は自分の生活していけると思います。
リアルじゃないし、辛いこと・悲しいことだから誰でも早く忘れたい!!
思い出したくも無い!
そんなことより、もっと楽しくて面白いことをやって生きていけばいいじゃん!!
他人のことより、まずは自分よ!
って思う人が多いはずです。……でも、違うんですよ! 関係のないことじゃなかったんです!! 私は今回初めて参加して、そう感じました。
私達が今こうして、命を脅かされずに毎日を生活出来ているのは、過去があるからで、その延長線上に現在があるということを考えると、法律や経済的なことには、長い時間と多くの人達の思慮が未だ見ぬ人々に対して費やされて、受け継がれています。そうすると決して他人事じゃないんだということに気付いたんです。
なぜなら、在って当たり前の「法」は「何のためにあるのか?」なんて考えたことなかったから。
目に見えない意識が多く集まると、共有できるほど大きな形となって現れてくる……。裁判を傍聴しようと意識して多くの人が集まると、裁判官の決断を揺るがすことにつながっていく。
ただ、その場所が裁判所というところなだけです。
傍聴して一緒に考えることは難しいことではありません。心からそう思います。この事実を忘れずにいることが、自分にできる一歩なんじゃないかなぁと思うのです。
一緒に耳を傾けてみませんか?? 多田(日本大学)
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