■海南島侵略の歴史
海南島は香港の南に位置する、九州と同じくらいの大きさの島です。現在は、漢族・黎(リー)族・苗(ミャオ)族など37の民族が居住し、熱帯リゾート地として知られています。
しかし、1939年から1945年まで、日本軍による占領下に置かれていました。日本軍は海南島を、東南アジア侵略のための基地建設と、食料・鉱物資源の獲得を行なう拠点としたのです。
1939年2月10日。
海南島上陸作戦を開始した日本軍は、村々の襲撃や住民虐殺を繰り返しました。この日より、海南島では島の軍事基地化が開始されます。島の住民や朝鮮・中国・台湾から強制連行された人々を、虐待・虐殺しながら、労働に酷使したのです。
翌月3月には、台湾拓殖会社に「慰安所」設置の依頼を行い、海南島各地で「慰安所」の建設を開始します。日本人女性、朝鮮人女性、台湾人女性、そして、海南島の女性たちを連れて来て、日本軍の性暴力に日常的に晒しました。
性暴力は「慰安所」の中だけに収まるものではありませんでした。
「後勤服務隊」として、炊事などをさせられた女性への性暴力。「掃討」作戦を行なった際の強姦・虐殺。こうしたことが、日本兵により日常的に行なわれていたのです。
これらの酷い加害の実情は、現在も未だに解明されていません。
自国の軍隊で加害を加えた日本政府による謝罪・賠償も実現していません。
この現状は、「60年前は昨日のこと」として、今も苦しみ続けている被害者の方々の思いを傷つけて余りあるのではないでしょうか。
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